〈知的〉重視の社会、知的障害の指摘、知的生産の技術でハッピーに
最近、ブログでも、読書でも、「知的生産」という言葉が立て続けに現れました。
佐々木正悟(@nokiba)さんの記事
佐々木さんの記事を受けた、倉下忠憲(@rashita2)さんの記事
「知的生産の技術」から「ライフハック」への流れ | シゴタノ!
最近読んだ、梅棹忠夫さんの著書
そして今度、佐々木正悟さん主催のイベント「ライフハック+」へ参加することもあり、僕の中でも「知的生産」という言葉を少しだけ捉えなおしてみたくなりました。
〈知的〉とは
まず、僕の中では〈知的〉という言葉がもつ高尚な響きを、もっと身近であり
ふれた言葉に直したい、という欲求があります。
その際には、倉下さんの文章がとても参考になります。
「知的生産」という言葉にある「知的」とは、ハイ・インテリジェンスを意味してはいません。人間の頭が働いていれば、それだけで知的と呼べるのです。
「知的生産の技術」から「ライフハック」への流れ | シゴタノ!
ここから、僕なりの定義を導き出します。
〈知的〉活動=考えること
〈知的〉生産=考えてつくること
〈知的〉財産=考えた末にできたもの
こう考えると、〈知的〉という言葉がとても身近になり、社会の理解も分かりやすくなった気がします。
社会の理解とは、〈知的〉重視の時代になったんだな~、ということです。
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〈知的〉重視の社会
〈知的〉である(=よく考える)ことの逆は、考えないことであり、「今まで通りにやる」ことです。
かつての会社が求めていたのは、「言われたことを、とにかく長時間こなすこと」でありました。
しかし今は、面接試験のときから独創性を求められたりします。
かつての教育に求めていたのは、「決まったことをとにかく暗記すること」でありました。
しかし今は、「考えて自分なりの答えを出す」ことを求められています。
〈知的〉に求められる水準が上がり、今までは「よく考えてやっているな。」と言われていたことでも、これからは「たいして考えてない」と見なされるようになります。
〈知的〉な遅れを指摘されるのです。
社会の変化が高速で、複雑になるにつれ、〈知的〉な遅れを指摘される人は増えるのでしょう。
〈知的〉な遅れの指摘
それを裏付けるかのように、〈知的〉障害(=精神発達遅滞)と見なされる人の数は、近年は激増しています。
厚生労働省「平成23年生活のしづらさなどに関する調査」
20年間のうちに、倍以上になっています。
子どもの数は、減り続けているというのに!
なぜ、知的障害者がこれほどまでに増えているのかの要因については、諸説あります。
生物学的な要因を指摘する説も絶えません。
ただ、「人間に対する社会の捉え方、期待の仕方が変わったんだ」という見解が、僕にはもっともしっくりくるのです。
もともと人は、生まれ落ちた時は誰しも、〈知的〉ではありません。
あかちゃんは、感受性のかたまりです。完全に社会から〈知的〉に遅れています。
しかし、心身の成長につれ、社会への"遅れ"は縮まっていきます。
ただ、社会側が複雑高度になればなるほど、追いつけない人が増えるのです。
だから、今までは比較的〈知的〉な能力を求められない社会や会社であれば、〈知的〉な遅れを指摘されることなく、生きていくことができた人も、「なんか遅れてる」と見なされるのです。
発達障害や、アスペルガー症候群、ADHDなどという診断が急速に流行したのも、大きな要因はそこにあると思っています。
さいごに
僕は福祉職なので、ついつい話が福祉系へ流れました。
でもこうして、ライフハックと福祉が、いろいろな面で結びつくのは、とても幸せなことだと思っています。
そだちの遅れというつまずきを、簡単に楽しく解消するのが、ライフハックでもあるからです。
これからもどんどん結びつけていきたいです。
さて、イベント「ライフハック+」で、何が起こるかな~♪♪
「ライフハック+」への、申し込みページへのリンクはこちらです。
http://kokucheese.com/s/event/index/174210/