「感情≠自分」。それは分かってた。さらに、「思考≠自分」!?

ツナゲルアカデミーという連続講座があって、いつも参加しております。

 

 

ツナゲルアカデミーの目的の一つに、 「こころとからだをつなげる」 とありますが、今回はこころとからだをいったん離してみた、というような感覚がありました。

 

 

自分の中に怒りという感情がある

例えば、 自分は怒っているのではなく、 自分の中に怒りという感情がある というフレーズが紹介されました。

 

もし、「自分は怒っている」 だと、自分のすべてが怒っている状態だと捉えられます。

しかし、 「自分の中に、怒っている感情がある」 だと、それは自分の中の一部の変化であって、自分のすべてではない。そういうように思えます。

 

こころの動きを、客観視している自分がいる。あたかも、こころとからだがいったん 離れるかのような感じです。

感情≠自分。

 

おそらく、「自分の中に、このような感情がある。このように感じている。」と離れてみてこそ、やっと自分がわかってくるのではないかと思います。

感情に支配されてしまっては、きっと自分を見失ってしまうのでしょう。 「我を忘れる」 という言い回しもありますし。

 

 

自分の感情に気付くためには、普段から自分の感じるもの、心の動きに耳を澄ませて、素直に受け止めていくという習慣が必要なのだと思います。

 

IMG_6259

 

 

 

スポンサードリンク

思考≠自分…!

思考=自分 ではない。

そのように紹介されました。

 

思考は、自分の中に組み込まれている「プログラム」である。

 

プログラムとは、「こうでなければいけない」「こうするべき」「こうあってはいけない」そのような思考回路です。

目の当たりにしたことが思考回路に触れると、感情という雲がもくもくと発生します。

 

だから、思考を組み替えたり、アンインストールして、新しいプログラムを入れたりすることで、感情も変わることがあるのです。

 

今までの僕でも、感情は一時的なものであり、自分自身ではないことは分かります。

でも、思考も=自分ではないというのは、驚きの指摘でした。

 

以前も大塚彩子さんから聞いたことのある話がリンクします。

「生まれてからの、その時々を乗り切るために身に付けてきた成功の経験則が、思考プログラムとして固まっている可能性はある。

今までに築き上げた思考プログラムには、ありがとうを言ってお別れしてもいい時期は、くる。」

 

 

うん。丁寧に自分の気持ちをすくい取り、思考を変えていくこともしていこうと思います。

これからはまだ体験したことのない未来を生きるのだから、経験則にばかり縛られてもつまりません。

 

IMG_6264

 

 

とくまる
公務員タスク管理の人
「自分のペース」と「安心感」で、自分らしい仕事をしよう!
うまく仕事ができずに悩んだ20代。
タスクシュートを中心としたタスク管理を始めてから、自治体独自の制度創設メンバーに抜てき、主任の昇任試験に合格。
制約の多い公務員のためのタスク管理を研究中。
愛用はTaskChute2。
自分史/発達障害/子育てパパ
※発信は所属する組織とは関係なく、個人の見解です。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください