夢を見る前に、願望を肯定し、人から信頼されてカネを稼げ / 中川淳一郎『夢、死ね!』
僕は、 「こうすれば夢を実現できる!」みたいな本をよく読んでます。
だから、たまには「夢はそんなに甘くねぇ。やめとけ!」という本やブログも読むようにしてます。
今回は、そんな本の中川淳一郎『夢、死ね!』を読みました。
夢、
という、キレイで、おおごとなことを語るより、
自己中心的で、ドロドロした願望
と向かい合え。
ということをおっしゃっています。
これは、けっこう分かります。
自己中心的な、ドロドロした願望もちゃんとすくいとらないと、結局、本当にやりたいことにはたどりつけません。
きらびやかな憧れだけを追い求めてると、なんか息切れがしそうになるのです。
「夢」だのなんだの言いながらも、結局は「カネ」と「名声」に行き着くのだ。
p.23
ドロドロした部分とは、「カネ」と「名声」。
「名声」は、「社会的承認」と言い換えると分かりやすいかもしれません。
「イイネ!」と言ってもらいたいのです。
「ドロドロしてるからって、だから何?」と僕は思います。
そのうえで、食っていけて、自分が満足し、社会の役に立てれば、それでいいのです。
それで目指すものに対して、「夢」と呼ぶか、「目標」と呼ぶかは、あまり大事なことではない気がします。
カネと名声を得るために、仕事をするとします。
「仕事を得るために重要なのは、スキルではない」、と中川さんは言います。
才能よりも「人付き合いの気持ちよさ」こそが重要視される。
p.50
なぜなら、才能の代わりは、いくらでもいるから。
仕事をくれる相手は、感情を持った人間です。
付き合ってて気持ちのいい人で、そこそこの仕事でも、安心感や確実性のある方がいい。
それが、社会との接点で、お金を得るということです。
「誰かに認められたいから」
「なんか素晴らしいことに思えるから」
たしかに、そのような気持ちだけで夢を語り、人生を懸けていくのは、危険だと言えましょう。
うちから湧き出るドロドロして、きれいとは言えない願望であっても、それを肯定しないと虚無感に襲われます。
僕は、
夢、死ね!
とまでは言うつもりはありませんが、自分の願望と、お金を払う相手があってこその仕事だと思うので、その点ではいつでも悩んでいたいと思います。