子育ては、親だけがするものじゃない

人間は、たった一人で育ち、生きることは不可能です。

他人との共同世界に産まれ落ち、共同世界に育まれ、死んでいきます。

 

人間が滅ばないためには、共同世界を大事にし、引き継いでいかねばなりません。

 

「自分さえよければいい」

「この世界がどうなってもいい」

 

と思うのでなければ、自分が生きている間にも恩恵を受けているこの世界を良くし、次世代にもいい世界を引き継いで、死んでいきたいと思うでしょう。

 

 

子どもを、自分たちの共同世界をやがて引き継ぐ者へと育んでゆかねばならない

 

引用 – 滝川一廣「愛着の障害とそのケア」/『そだちの科学』第7巻

 

 

それは、いろんな大人が関わることで実現できる、共同的な作業であるはずです。

 

 

しかし、共同でこそ実現できる、社会的で、公共的な性格のある〈子育て〉を、個々の親たちにほとんど丸投げしてしまっているのが、日本です。

しかも、その多くを母親だけが担うということになっています。

そして、なんらかの事情で、親から養育能力が損なわれると、一気に養育状況が劣化し、子どもが家族や社会から暴力を受け、排除されかねない。そんな危うい状況におかれています。

 

 

「自分の子育てに関して、他人にとやかく言われたくない。」

という親の想いと、

「自分の子どもなんだから、産んだ以上は自分(だけ)の責任で育てろ。」

という風潮とは、ほどよくマッチします。

 

 

いやしかし、やはり子育てはもっと共同的なものなのだと、社会的な課題なのだと、そういう風潮を育みたいと思います。

 

 

 

 

TAG :