〈問題〉のある子には、ゼロ・トレランスより、ゼロ・プアを訴えよう

大阪の市立校で、ゼロ・トレランス方式が検討され始めました。

 

子どもの問題行動に厳格な罰則を定める「ゼロ・トレランス方式」(ゼロトレ=寛容度ゼロ指導)と呼ばれる指導方針を、大阪市教委が市立学校に導入する検討を始めた。

ただ、暴力行為や服装違反などに対して出席停止や退学処分も辞さない教育手法には慎重論も根強く、議論を呼びそうだ。

 大阪市立校:「問題行動に即罰則」検討 暴力急増背景に – 毎日新聞

 

 

実際の橋下知事の発言のソースがとれないので、どのような意図かつかみかねます。

 

大阪市教育委員会のホームページには、桜宮高校の事件を受けて、「児童生徒の問題行動に対し、体罰・暴力行為によらない段階的な指導や学校へのサポート体制」を推進するような方針も示されています。

 

まだ方針としてかなり揺れているのか、マスコミを信じていいのかわかりませんが、とりあえず、生徒の問題行動には、厳格な処罰で対応する方針にしたんだろうな、という理解で進めます。

 

 

 

問題行動における2つの問題

 

1.なぜ問題行動を起こしたのか

問題行動を起こす背景には、家庭の問題や、生徒同士での問題があります。

家庭でも学校でも、安心できる居場所がなくなると、荒れてしまうということはよくあることです。

 

だからこそ、家庭でも学校でも、まず安心して過ごせるように、支援者としては苦心しているのです。

 

それなのに、厳格な処罰で対応すれば、本人はますます他者不信になり、引きこもるか、病むか、非行にはしるでしょう。

 

なぜ、問題となる行動を起こしたのか、原因分析をまず聞きたいところです。

 

 

2.誰にとって、なにが問題なのか

よく「問題行動」と言いますが、誰にとっての問題行動なのでしょうか。

教師が、個人的に「嫌だな、許せないな」と思うことが、問題行動と見なされることはよくあるでしょう。

人によって、それが問題なのかどうかは、分かれます。

よくよく考えてみると、なにが問題なのか分からないことも多いです。

 

「それくらい、別にいいか。」と思えば、そう思った瞬間に、「問題行動」は消滅してしまうのです。

 

 

トラブルだとしても、支援者側としてそれを問題行動と呼ぶことは控えます。

問題行動と呼んだ時、生徒自身が悪いんだという認識になるからです。

 

問題行動ではなく、それを課題と言い換えるのです。

つまり、支援者側にとって、解決すべき課題なのです。

 

 

 

ゼロ・トレよりも、ゼロ・プアこそ望ましい

 

生徒が荒れる背景にある問題の多くは、経済的な貧しさでしょう。

貧しさによって、家庭生活の、いちいちが衝突します。

 

ゆとりのなさが、学力の伸び悩み、信頼関係のつまずきとなり、就職にもなかなか結び付かなくなってしまいます。

 

 

トレランス(寛容)をゼロにすることは、生徒をますます追い込んでしまいます。

プア(貧困)をゼロにすることは、生徒をますます元気にします。

 

 

教育の側からだって、ゼロ・プアを訴えたっていいじゃないですか。

ゼロ・トレは、学校側としてもつらいと思いますよ。生徒が荒れるのは、学校のせいだけではないんですから、どうぞ抱え込まないでください。